暖かい冬の日、外を歩きました。外出自粛の中、旅行にも行けなくなっているので、近いところへ。利根川の対岸です。

蜜を避けたので車を守谷駅に停めます。徒歩で南へ向かうと八坂神社の前に来ました。境内の樹木を丁度、手入れ剪定している最中でしたので、そのまま道を進みます。

左折して普通にあるような住宅地の中を通り抜けると“守谷野鳥の道”に出ます。湿地帯の中はよし原に囲まれて木道が整備されています。

鳥の鳴き声は時々聞こえます。ヨシ原に水はこの時期殆どなく、鳴き声は時々聞こえてきますが、見つけられるのはスズメやカラスなど何処でもいそうな鳥です。

標識の示す守谷城址公園の方に向かうと、おじさんたちが腰のあたりまで水に浸かりながら、農作業しています。この辺りはレンコンを栽培している様です。

守谷城は江戸時代初期まで三方が内海であった北相馬大地半島部にありました。伝説では平将門の創建で、源経基が3万で攻め落としたとされます。千葉常胤の子、将門の子孫の相馬師常が建てたお城です。

椿が咲いていました。暖かい日、年配の方がレジャーシートで昼食を楽しみながら、紅葉を楽しんでいました。

顔が白くて大きい鳥が鉄塔と送電線に泊まっています。顔が白いのはまだ子供だからと思います。猛禽類だと思います。

再び車道に出て南方へ向かいます。まだ昼の暖かい時間でしたので、南守谷駅近くまで来て帰り支度に入らず、野鳥の道の方へ入って行って。小貝川の向こうを目指し歩きます。

そこから道順からかなりずれて、直線ではなくゆっくりずっと、ずれながら歩いていました。稲刈りの終わった田んぼから、取手市に入り、丘を登ると昔ながらの大きい家が沢山建っていました。

日暮まで1時間位になったので駅まで引き返そうかとも思いましたが、小貝川の稲豊橋を渡ります。つくばみらい市。橋の途中から向こうに日暮時に見えた茅葺き屋根、浄円寺でした。

日没の時刻が早い冬の日。小貝川の下流の方へ急ぎながら行き、間宮林記念館に到着しました。彼は樺太を探検し、樺太が半島ではなく島だと発見しました。開館終了の間際くらいの時間でしたが、この日はコロナで休館日でした。お墓は専称寺に。戻りの道は徒歩ではなく近くのバス停から乗れたので、つくばエクスプレスみらい平駅へ向かいました。

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