どうして今まで見てこなかったのだろうか?過去の地点を思い起こしてみて、見た記憶はあってもなぜか忌避してしまっていたのではないか。

いままで、自分が見たり、歴史として辿ったりしてきた方があって、でもそこには人生で、あまり通ってこなかったある道があったりします。今回の展覧会から、綺麗だと個人的に思った作品を画像としては選び出して取り上げたいです。

描く世界としては「黒の時代」として知られています。画家のオディオン・ルドンは1840年、フランスのボルドーで生まれ、叔父の経営していたベイルルバードの葡萄栽培園に預けられ、孤独な幼少期を過ごします。また、ルドンはクロード・モネと同い年。最後の第8回印象派展に出展した記録がありますが、積極的に印象派とは関わりませんでした。

黒の時代。いちがいに黒といってもさまざまなニュアンスに富む深い夢のようなエッチング、リトグラフの漆黒の世界と共に木炭(チャコール)素画で生み出す。限りなく黒に近い色彩の濃淡を感じさせる画面です。上の絵はオルセー美術館所蔵の自画像です。

2つ目の石版画集「エドガー・ポーに」の表紙の扉絵です。各葉のタイトルは主としてルドンはポーを暗示しながら、彼自身の視覚の詩学を演じている、と思われています。

ドイツの作曲家リヒャルト・ワーグナーからのインスピレーションで描いた、虚な視線と神秘的オーラのバルジファル。ワーグナーが1882年に発表した聖杯探しを主題とするオペラの題名となった英雄的騎士の絵です。

自らの内面、感情のなかにあるもの、ある意味想像上のもの、見えないものを描いたのである。それでもその際、見えるものの論理を使って描いた。それゆえ、ルドンは、実物を見ながらスケッチやデッサンを繰り返し行った。それは、印象派とは逆の道筋であった。印象派が外なるものを一度内に入れて表現したのに対し、ルドンは、内なるものを外なる論理に則り表現した。そのうえで、内面に感じる(魂を揺さぶる)音、匂いなどの万物に照応させて描いた。それは、あらゆるものが画面で渾然一体となり調和する世界であったが、写実主義・印象派といった自然主義の流れに慣れた人たちには、どこか異様で不思議な世界であった。

自分が想像していることを、視界の先に見えるものの法則で描く、ということはどういうことか、数日の間、私には分かりづらかったです。絵を見て、不自然と感じることは、思っていることを当てはめた際のズレであったり、また文学や詩、音楽などのインスピレーションを万物とする試み。好きになる絵も多く違和感を感じるものも多く、違った世界から生み出された絵なのかどうか、今のところはそんな感想です。

——-

オディロン・ルドンー光の夢、影の輝き パナソニック汐留美術館

medley@
someity@melotone.net