活動報告

催し

平和不動産って

・ 戦前の取引所の承継者
明治11年に設立された株式取引所が昭和18年に統合合併され新たに日本証券取引所が誕生しました。この組織は、政府が4分の1を出資し、戦時金融機関性を持つ特殊法人として設立されました。
そこで、日本証券取引所の資産や出資者を引き継ぐ組織が必要となり、従来の取引所が所有する建物を現物出資により受け継ぎ平和不動産株式会社が設立され、その後、新設された会員制の証券取引所に建物を賃貸しています。
現在の平和不動産は、業態も名称も異なりますが、明治11年に設立された全国の取引所の系譜を受け継ぐ唯一の承継会社です。設立に際し日本証券取引所出資者3万9千人に平和不動産の株式を割り当てられたので、設立当初から4万人近い個人株主数の多い会社でした。


・ 平和不動産の特徴
設立当初の平和不動産は、全国の証券取引所に建物を賃貸している建物賃貸業務が主な事業であり、取引所の売買高に応じた賃貸収入(スライド賃料制)が入る仕組みになっており、取引所の売買が活発に行われれば賃料収入も増えるとの思惑から、平和不動産の株式も活発に売買されるようになりました。
 平和不動産の株式は、1日の最初と最後の撃析売買で扱われるようになり、市況全体の変動に合わせるような値動きを続けていくようになります。
 昭和26年取引所が、市場性が高く、業種を代表するような銘柄を指定した指定銘柄制度が発足、その銘柄に選ばれました。しかし、平成3年この制度は廃止となっています。また、スライド賃料制度も廃止となり、取引所の賃料は通常の固定賃料となりました。
・ 平和不動産が行ってきた開発事業
昭和39年から宅地開発をスタートさせ、その後戸建・マンション分譲、都市再開発と事業拡大しています。
主な開発事業として、流山平和台(千葉県流山市)、鶴川平和台(町田市)、布佐平和台(千葉県我孫子市)、大阪市北浜地区開発、名古屋市伊勢町地区開発、日本橋兜町地区再開発などがあります。


・ 平日本橋兜町・茅場町再活性化プロジェクトの推進について
① 兜町の誕生
② 資本主義発祥の地
③ 証券・金融の街へ
④ 証券市場の近代化・システム化
⑤ 「国際金融都市・東京」構想
⑥ 大手町~兜町地区の金融ビジネス拠点整備
⑦ 日本橋兜町・茅場町再活性化取り組みの経緯
⑨  街づくり対象エリア・位置
⑩  日本橋兜町・茅場町の特徴
⑪  街づくり対象エリア内の保有資産
⑫  (仮称)日本橋兜町7地区開発計画
⑬  (仮称)日本橋兜町7地区開発計画 基本方針
⑭  (仮称)日本橋兜町7地区開発計画 金融関連機能

2019年05月26日

嵯峨天皇の愛した黄櫨染

①  黄櫨染とは

黄がかった茶色で、天皇が用いる御袍に染められる染色の色。

中国・唐の時代に、秦の始皇帝の子孫・秦氏より伝えられ、帝王の服色として太陽の色を象徴する赭黄(しゃおう)に倣ったものといわれる。

10世紀の「延喜式」によれば、山櫨の樹皮と蘇芳の芯材を使って染められたことがわかり、櫨染めはやや褐色がかった黄色に染まり、蘇芳はやや黒っぽい赤色に染まるため、仕上がりは鮮烈な日光の色というよりも深くて落ち着いた印象の黄褐色から赤褐色系になる。しかし、黄櫨染は、非常に難易度の高い染色で、熟練工であっても毎回同じ色を染めることは出来ず、安定して色を出すことは不可能とも言われている。また、黄櫨染は日光の下にあるときと灯火の下にあるときとで色調が変わる効果もある。

 

②  黄櫨染御袍とは

平安時代初期の嵯峨天皇は、弘仁11年(820年)に詔により朔日や聴政、

外国からの施設を受ける際や奉幣、節会に際して天皇の着用する服を「黄櫨染衣」と定めた。なお、同時に神事や冬季の諸陵奉幣には帛衣、元日の朝賀には袞冕十二章をきることとした。

黄櫨染の御袍が天皇の服となったことにより、黄櫨染は天皇以外には着用で

きない禁色となったと考えられている。

 その後、現在まで継続して天皇の服として用いられているが、朝廷の儀式の変容等に伴い、時代により着用場面の多寡は様々であった。

 現在最古の第105代後奈良天皇の御袍は、広隆寺に現存している。

③  黄櫨染使用作品

現在、黄櫨染は、ひな人形の衣装、扇子などとしてとして一般に販売されている。


④  京すずめ文化観光研究所

私が、今回の黄櫨染に出会うキッカケとなりましたのは、京すずめ文化観光研究所が今年5月12日に主催した「京都愛物語Ⅲ」第一回京すずめ大学校講義(嵯峨天皇の愛した黄櫨染)が、嵐山祐斉亭で行われ、それに参加したことによります。

「京すずめ文化観光研究所」は、2001年~2017年まで、暮らしの廻りの文化遺産を発掘し発信する活動、被災地支援行事、2回の「京都への恋文」の公募事業等を行ってきた「京すずめ学校」を更に発信力を強めるため、2018年に再スタートさせました。

「京すずめ文化観光研究所」は、日本人の精神の源流である大自然に感謝する文化や京都に愛着が湧き起こる活動をしています。

千年の知的遺産を生かした京都は、そこにいるだけで心が豊かになり、それがエネルギーに変わる町です。京都の教育の真髄である「見覚え、聞き覚え、見て覚え」といわれる人間力・知識も習得することができます。

「京すずめ文化観光研究所」は、「あなたの知らない京都」をご一緒に探っていくことを目的とした一般社団法人です。

 

議事録

 

2019年06月24日

囲碁大会について

昨日囲碁同好会で春季囲碁大会を行いました。
参加者は10名で、優勝佐藤さん、準優勝三好さん、3位芝田さんという結果です。

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2019年07月02日

朝会 苔の話

先週土曜の朝会、7/20(土)午前中、の議事録です。



前半でそれぞれの方から1か月に起こったことなど一人3、4分程度に発表がありました。今月は阪口さんが欠席ということで辻(久)が議事録をつくることになりました。
会議の半ば過ぎから担当に決まりましたので、個人の報告は記録できていない状況ですので、大部分今回は飛ばすことになってしまっています。

千葉校友会のゴルフ担当、森松さんが東葛に参加でした。ゴルフやそれにまつわるオーナーの話など(同郷の話)がありました。

後半では巨大な苔を観にニュージーランドに行った時の話もありました。



出席者:佐藤(正)、今田、三好、小渕、山田、大西、野口、川崎、西野、川島、川端(俊)、原、高木、柳川、辻(和)、徳岡、渫口、辻(久)、今村、森松

 


西野 弘司 蘚苔類(苔の話)


はじめに

植物は、光合成により成長し、他の植物よりも高く大きくなって、光を得ている。
コケは、逆に小さくなって、生存競争に打ち勝ってきた。倒木や切り株の上、石垣やブロック塀などちょっとしたスペースがあれば、そこで生きていけることが、コケの特徴。
コケは、栄養を吸収する根がないため、土は必ずしも必要ではなく、仮根でいろいろな上に活着出来て育成場所を広げている。
一体一体が小さいが故に環境の変化に弱いため、群生・密集・コロニーを作り生息している。仲間同士が集まり、水分を保ちやすく、雨風にさらされても流されたり飛ばされたりすることもない。子孫を残すために行う生殖では、個体同士が近いので受精しやすい。



コケの起源/生息地

カンブリア紀(5.4億年前-4,8億年前)は、海洋が地球上をほぼ全てを覆い尽くしていたので、陸上生物はいない時代で、生物(三葉虫、貝、藻類など)はすべて海の中に住んでいた。

☆オルドビス紀中期(4.7億年前)-シルル紀(4.4億年前)に、コケ/藻類が湿地や河口等の低地に出現した最初の陸上植物である。

☆コケ植物は、高山の頂上や極地から熱帯まで地球上のあらゆる環境で生活しているが、海水の中には見られない。

☆南北に長い日本列島には、 2 5 0 0種(世界18000種)のコケ植物が生育している。

2019年07月26日